今から数年前のことを思い出すと、私はある出来事がずっと頭から離れない。
ある国の選挙の前のことだった。インターネット上に、有名な政治家が「国民をだますつもりだ」と話している動画が広まった。その動画を見た多くの人が怒り、その政治家への信頼を失った。しかし、後になってわかったことがある。その動画はAIの技術で作られた偽物だったのだ。本人は、そのような発言をしたことは一度もなかった。
これが「ディープフェイク」と呼ばれる技術の問題だ。ディープフェイクとは、AIを使って本物そっくりの偽の動画や音声を作る技術のことである。昔は、写真や文章を書き直すことで人をだますことがあった。しかし今は、動いている映像や声まで簡単に作れるようになった。そのため、人々は何が本当で何が偽物かを判断するのが、以前よりずっと難しくなっている。
この問題は昨日今日始まったことではない。歴史を見ると、情報を使って人々をあやつろうとした例は何度もある。たとえば、二十世紀の初めには、新聞が事実ではない記事を書いて社会を混乱させたことがあった。当時の人々も「どの情報を信じればよいのか」と悩んでいた。時代は変わっても、人間の社会が同じような問題をくり返していることがわかる。
ただ、今の問題が昔と大きく違う点がある。それは、偽の情報が世界中に広まるスピードがとても速くなったことだ。百年前には、嘘の情報が広まるまでに数日から数週間かかることもあった。しかし今は、スマートフォン一つで、世界中に数秒で情報を送ることができる。その分、被害も大きくなりやすい。
では、私たちにできることは何だろうか。まず、動画や記事を見たとき、すぐに信じるのではなく、「本当にそうなのか」と一度立ち止まって考えることが大切だ。また、情報の発信元が信頼できるかどうかを確認する習慣をつけることも必要だろう。こうした「情報を正しく読む力」は、これからの時代を生きる上で欠かせない力になっている。
歴史は私たちに教えている。技術は便利さをもたらす一方で、使い方によっては人を傷つける道具にもなりうる、と。過去の失敗から学び、同じ間違いをくり返さないようにすることが、今の私たちに求められていることではないだろうか。