「また今日もコンビニ?」
母の言葉に、娘の美咲は少し黙ってから答えた。「うん、お弁当買ってきた。安かったし」
母の田中さよ子は、娘が手に持つコンビニの袋を見ながら何も言わなかった。でも、その目には言いたいことがたくさんあるようだった。
さよ子は今、四十三歳だ。自分が若いころは、コンビニでご飯を買うことはあまり一般的ではなかった。母親が毎日台所に立って、家族のためにご飯を作るのが当たり前だと思って育った。だから、娘がコンビニのお弁当を当たり前のように買って帰る姿を見るたびに、複雑な気持ちになる。
「体に悪いとは言わないけど……」とさよ子は静かに言った。「毎日続くのはどうかしら」
美咲は少し面倒くさそうな顔をした。「お母さんも忙しいんだから、私が自分で買えばいいじゃない。助かるでしょ」
その言葉は正しかった。さよ子は今、パートの仕事と家事を一人でこなしていて、毎日とても疲れている。夕食を作る時間がない日も、正直なところ、増えてきていた。それでも、「コンビニでいい」と言い切れない自分がいた。
(この子は将来、自分で料理ができるようになるのだろうか。)
さよ子の頭の中で、そんな心配がふわりと浮かんだ。自分の母親から料理を教わったように、美咲にも台所に立つ習慣をつけさせたかった。食べることは、ただ栄養を取るためだけではないと、さよ子は思っている。家族で食卓を囲むこと、手を動かして何かを作ること、そういう経験が人を育てると信じているからだ。
しかし、時代は変わった。コンビニの食品は昔と比べてずいぶんおいしくなった。種類も増えて、値段も手ごろだ。共働きの家庭や一人暮らしの人にとって、コンビニは生活に欠かせない場所になっている。さよ子自身も、忙しい日には惣菜を買うことがある。
「……今度の休みに、一緒に料理でも作ってみようか」
さよ子はそう言った。命令でも批判でもなく、ただ提案するように。美咲は少し驚いた顔をしてから、「まあ、いいよ」とつぶやいた。
その夜、さよ子は娘の部屋の前を通るとき、少し足を止めた。ドアの向こうから、美咲がスマートフォンで料理の動画を見ている音が聞こえてきた。さよ子は何も言わずに、そっと自分の部屋に戻った。その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。