N1· 短文 · 約 500字
本文
今でこそ、あの長い問いに一つの決着をつけられたように思う。八十余年を生き永らえてきた身には、死というものが遠い観念ではなく、日々傍らに座っている実感がある。
若い頃、私は科学の進歩こそが人の苦しみを根絶やしにするものと信じて疑わなかった。戦後の復興期に医療や技術が急速に発展するのを目の当たりにしながら、神仏に縋るのは無知の産物に過ぎないとさえ思っていた。ところが、妻を看取った六十代の冬、あれほど頼みにしていた医学が何一つ慰めにならぬことを思い知らされ、やむを得ず仏壇の前に膝をついた。
不思議なことに、線香の煙が漂う静寂の中で、初めて妻の逝去を「終わり」ではなく「続き」として受け止めることができた。近年、若い世代の間でも「スピリチュアルケア」や「死生学」への関心が高まりつつあるという調査結果を耳にする。実証的な知見だけでは掬い取れない何かを、人は本能的に求めているのであろう。科学は「いかに生きるか」を教えてくれるものの、「なぜ生きるか」には沈黙せざるを得ない。その問いに向き合うとき、老いた身には長年の養生と先人の知恵だけが、かろうじて道標となってくれる。
問題 1
Q1.
この手記において、筆者の内面はどのように変化したと読み取れるか。
①科学的合理主義への信頼を終生貫きながらも、晩年に宗教的儀礼を形式として受け入れるに至った。
②若年期から一貫して仏教的死生観を抱いており、科学の限界を早くから見抜いていたことを回顧している。
③戦後の科学信仰から出発し、妻の死を契機に信仰の持つ意義を実感として認め、科学と精神性は相補的だという境地に達した。
④妻の死後に科学への信頼を完全に失い、以後は実証的知見を一切拒絶して精神的な世界観のみに依拠するようになった。
AI 보조로 작성하고 JLPT 레벨·문제 형식을 검수해 공개한 학습용 독해 지문입니다. · 2026년 6월 3일 공개 · 제작 방식 →