「共生」という言葉は、今や政策文書から街頭の標語に至るまで、あらゆる場所に氾濫している。しかし、言葉の普及と理念の深化は必ずしも比例しないものであり、むしろ言葉が軽々と流通すればするほど、その本質的な問いが風化していくという逆説を、われわれは直視せざるを得ない。
在留外国籍住民が三百万人を超えた現在、日本社会は事実上の複合文化的状況に置かれているにもかかわらず、「移民国家ではない」という公式見解への固執は、現実認識と制度設計の間に深刻な乖離を生み出してきた。この乖離こそが、共生の理念を空洞化させる根本的な構造的問題である。
欧米の経験を参照するならば、統合政策の成否を分けた要因は、単なる制度の整備にとどまらなかった。フランスの同化主義的モデルは、共和主義的普遍性という崇高な理念を掲げながらも、文化的差異を公領域から排除することで、当事者に「見えない服従」を強いるという批判を免れ得なかった。一方、カナダやオーストラリアが採用した多文化主義的枠組みは、差異の承認という点では前者より柔軟であったものの、コミュニティの分断と社会的凝集力の低下という別種の困難を招来した。いずれの経路もそれぞれの限界を露呈したという事実は、「統合」の概念そのものが本質的に価値対立を孕んでいることを示唆している。
問題の核心は、制度的な受け入れ態勢の整備にあるのではなく、「われわれとは誰か」という問い、すなわち国民的帰属意識の再定義にある。均質性を自明の前提とした共同体観は、異質な他者との接触によって不可避的に揺らぎ始める。その揺らぎを脅威として封じ込めようとする衝動は、歴史的に繰り返し排除と差別の論理へと転化してきた。しかし、揺らぎを忌避するのではなく、それを自己刷新の契機として引き受けることこそが、成熟した市民社会の条件ではないか。
哲学者ポール・リクールは、「自己とは他者を経由してはじめて己を知るものだ」と説いた。この洞察を社会的次元へと敷衍するならば、異質な他者との摩擦と対話こそが、共同体のアイデンティティを固定した実体としてではなく、絶えざる問い直しの過程として捉える契機を与える。共生とは、差異を消去した後に訪れる静的な調和ではなく、差異を抱えたまま折衝し続けるという動態的な緊張関係の中にこそ宿るものだと、私は確信している。
制度が先行し、哲学が後追いとなる現状を打破するためには、政策立案者のみならず、市民一人ひとりが「他者とともに在ること」の意味を根底から問い直す覚悟が求められる。その問いから逃れることは、結局のところ、自己自身の問い直しを回避することに他ならないのである。