「脳に機械を埋め込む時代が、もうそこまで来ているんです」
社会評論家の田中恵子氏は、そう言いながらテーブルの上に分厚い資料を置いた。取材のために訪れた私に向けて、彼女の口調は穏やかだったが、その目には隠しきれない焦りのようなものがあった。
「脳とコンピュータを直接つなぐ技術の研究が、世界各地で急速に進んでいます。記憶力を高めたり、体が不自由な人が機械を思い通りに動かしたりすることが、すでに一部では実現しています」
私が「それは良いことではないですか」と口にすると、田中氏は少し間を置いた。
「もちろん、医療の面では大きな可能性があります。でも、私が心配しているのは別のことです」
彼女はデータの入ったファイルを開き、数字を示しながら続けた。
「この技術を使えるのは、今のところ費用を払える一部の人だけです。ある調査では、認知能力を高める技術の導入費用が一般的な年収の数倍に上るという結果も出ています。つまり、お金のある人はどんどん能力を伸ばせるのに、そうでない人はそのままという状況が生まれるわけです」
私は思わずペンを止めた。田中氏の言葉は、単なる未来の話ではなく、すでに始まっている問題を指しているように聞こえた。
「さらに問題なのは、脳の情報が外部に流れるリスクです。何を考えているか、どんな感情を持っているか、そういった情報が企業や国家に把握される可能性がある。これはプライバシーの問題にとどまらず、人間としての自由そのものにかかわることです」
田中氏はここで言葉を切り、窓の外を見た。その横顔には、警告を発しながらも、誰にも届かないかもしれないという諦めに似た感情が浮かんでいた。
「私がもう一つ気になっているのは、自分が自分でなくなるという感覚です。機械によって能力が変わったとき、それはまだ『自分』と言えるのでしょうか。技術の進歩は止められません。だからこそ、社会全体でルールを作る必要があるんです」
取材を終えて外に出ると、街はいつもと変わらない様子だった。しかし田中氏の言葉が頭から離れなかった。能力を持つ者と持たない者の差が広がるとき、社会はどこへ向かうのか。答えはまだ、誰も持っていない。