田中記者がノートを手に、古びた喫茶店の隅のテーブルに座っていた。向かいには、IT企業に勤める三十代の女性、吉川さんがいた。窓の外では雨が静かに降り続けていた。
「6Gが来たら、生活がもっと便利になるって言いますよね」と田中記者が切り出した。
吉川さんはカップを両手で包むようにして、少し間を置いてから答えた。「便利、ですか……。そうかもしれません。でも、私にはちょっと怖い気もするんです」
「怖い、というのは?」
「今でも、スマートフォンを置いておくと、何かを見逃すんじゃないかって落ち着かなくなるんです。6Gになったら、街中にセンサーが張り巡らされて、自分がどこにいて何をしているか、全部記録されるようになるじゃないですか。そうなったら……もう逃げ場がないというか」
田中記者はペンを走らせながら、「逃げ場、か」と小声でつぶやいた。
取材を重ねるうちに、同じような言葉を何度も聞くことになった。三十代の会社員、五十代の主婦、二十代の学生。年齢も職業も違うのに、皆が「疲れた」「息が詰まる」という感覚を持っていた。
翌週、田中記者は通信政策の専門家、森本教授の研究室を訪ねた。
「技術が進むことは悪いことじゃない」と森本教授は言った。「問題は、人間が技術に合わせようとしてしまうことです。本来は技術が人間に合わせるべきなのに、順番が逆になっている」
「どういうことでしょうか」と田中記者は尋ねた。
「たとえば、常に接続している状態が当たり前になると、一人でいる時間や、ぼんやり考える時間が、無駄なものに見えてきます。でも、そういう時間こそ、人間が自分らしさを保つために必要なんです。情報が多すぎると、自分で考える前に答えが来てしまう。そうなると、自分の頭で判断する力が少しずつ弱くなる」
田中記者は手を止めた。吉川さんが言っていた「逃げ場がない」という言葉が頭に浮かんだ。
帰り道、田中記者はあえてスマートフォンをかばんの奥にしまった。雨上がりの空を見上げながら、自分もいつの間にか、何かに追われるように生きていたのかもしれないと思った。
記事を書きながら、田中記者はこう結んだ。「6Gが実現する社会では、つながることの価値と同じくらい、つながらない時間の価値を社会全体で考え直す必要があるのではないだろうか」