私がスマートフォンを手放せなくなったのは、入社して半年が経った頃だった。仕事でミスが続き、職場での居場所を失ったような気がして、帰宅後はひたすらSNSを眺めていた。誰かの投稿に「いいね」を押すたびに、自分もどこかにつながっている気がした。でも今思えば、それは本当のつながりではなかったと思う。
画面の中では、自分を飾ることができる。失敗も、不安も、全部隠して、楽しそうな自分を演じられる。最初はそれが心地よかった。しかし数か月が過ぎると、現実の自分との差が大きくなりすぎて、かえって苦しくなった。職場の同僚と話すのが怖くなり、ランチも一人で食べるようになった。スマートフォンの中には「友達」がいるのに、現実の生活はどんどん狭くなっていった。
あの頃の私は、デジタルのつながりが孤独を消してくれると信じていた。しかし実際には、画面に向かう時間が増えるほど、リアルな人間関係から遠ざかっていた。これは私だけの経験ではないかもしれない。現代社会では、スマートフォンやオンラインゲームに長時間費やす人が増えており、それが外の世界との接触を減らす原因になっているケースも少なくない。
転機が訪れたのは、ある先輩社員に声をかけてもらった日だった。「最近、元気なさそうだね」と言われただけなのに、なぜか涙が出そうになった。たった一言でも、目の前にいる人から気にかけてもらえることが、これほど心に響くとは思わなかった。
その日から、私は少しずつスマートフォンを置く時間を作るようにした。最初は不安だった。通知が来るたびにすぐ確認しないと、何かを取り逃がすような気がした。しかし一週間も続けると、その不安は思ったよりも早く薄れていった。代わりに、周りの人の表情や言葉が以前より鮮明に感じられるようになった。
私が気づいたのは、デジタルのつながりそのものが悪いわけではないということだ。問題は、それに頼りすぎて現実の関係を後回しにしてしまうことにある。SNSは使い方次第で、人と人をつなぐ便利な道具になる。しかし、それが現実の代わりになってしまうと、かえって孤立を深める結果になりかねない。道具は道具として、適切な距離を保つことが大切なのだと、私は今ではそう思っている。
今の私は、以前とは少し違う毎日を送っている。スマートフォンを使う時間は決めているし、夜は画面を見ずに本を読む習慣もできた。職場でも、ランチを一緒に食べる同僚ができた。大きな変化ではないかもしれないが、私にとっては確かな前進だと感じている。
振り返ると、あの頃の私はデジタルの世界に逃げ込むことで、現実の痛みを一時的に忘れようとしていたのだと思う。しかし逃げれば逃げるほど、現実との距離は広がるばかりだった。デジタル依存は、孤立の原因であると同時に、孤立の結果でもあるのかもしれない。どちらが先かは人によって違うだろうが、どちらにしても、その連鎖を断ち切るには、小さくても現実の一歩を踏み出すことが必要だと私は思う。
自分を成長させたいなら、まず自分の現状を正直に見つめることが大切だ。私はスマートフォンに逃げていた。それを認めたとき、初めて変わることができた。デジタルツールは、うまく使えば自分を助けてくれる。しかし、それに支配されるのではなく、自分が主体的に使いこなすことが、これからの時代を生きる上で欠かせない力になるのではないだろうか。