私が初めてシェアハウスという言葉を聞いたのは、今から十年ほど前のことだ。当時、一人暮らしをしていた私は、家賃の高さに困っていた。そんなとき、友人から「複数の人が一つの家に住む新しいスタイルがあるよ」と教えてもらった。それがシェアハウスとの出会いだった。
シェアハウスとは、複数の人が一つの家やアパートに住む居住形態のことだ。それぞれの人は自分の部屋を持ちながら、キッチンやリビング、お風呂などを共同で使う。もともと欧米では一般的な住み方だったが、日本では二〇〇〇年代に入ってから広まり始めたらしい。最初は家賃を安くするための手段として注目されたが、今ではコミュニティを作るための新しい暮らし方として見られるようになっている。
実際に私がシェアハウスに住んでみて、まず感じたのは人とのつながりの温かさだった。一人暮らしのときは、帰っても誰もいない部屋に入るだけだった。しかしシェアハウスでは、リビングに行けば誰かがいて、自然に会話が生まれた。料理好きな住人が夕飯を多めに作って分けてくれることもあった。こうした日常の小さなやりとりが、都市での孤独感を和らげてくれた。
一方で、難しいと感じた点もある。それはプライバシーの問題だ。自分の部屋にいる時間は一人になれるが、共有スペースでは常に他の住人と顔を合わせなければならない。生活のリズムが違う人と同じ空間を使うのは、時に煩わしいと感じることもあった。掃除のルールや音の問題など、小さなことでトラブルになることもある。こうした経験から、シェアハウスでの生活には相手を思いやる気持ちと話し合う力が必要だと気づいた。
歴史的に見ると、人間はずっと集まって暮らしてきた。昔の日本でも、大家族が一つの屋根の下で生活するのが普通だった。しかし高度経済成長の時代に都市化が進み、核家族や一人暮らしが増えた。そのころから「一人の空間を持つことが豊かさだ」という考え方が広まったのだ。シェアハウスの広まりは、その流れに対する一つの答えかもしれない。人は完全に一人では生きにくく、誰かとつながりながら暮らすことに安心感を感じるからだ。
今のシェアハウスは、ただ家賃を分け合うだけの場所ではなくなっている。同じ趣味を持つ人が集まるシェアハウスや、外国人と日本人が一緒に住んで文化を学び合うシェアハウスも増えている。こうした形は、昔の共同体の暮らしが現代に形を変えて戻ってきたものとも言えるだろう。シェアハウスという小さな社会の中に、人と人がどう関わるべきかというヒントが隠れているような気がする。