今から十五年前、わたしは小さなIT会社でエンジニアとして働き始めた。当時のわたしは、自分の仕事に自信を持っていた。しかし、その自信はある日、突然くずれ始めた。
同期に田中という男がいた。田中はわたしと同じ年に入社したが、仕事の速さがまるで違った。彼は一日で終わらせる作業を、わたしは三日かけてやっていた。上司はいつも田中をほめた。「田中のコードは効率がいい」「田中の設計は最適化されている」。そのたびに、わたしは自分が小さく感じられた。
半年がたったころ、わたしは田中を見るたびに胸が苦しくなるようになった。彼の成功がうれしくなかった。むしろ、彼が失敗すればいいと思うこともあった。今考えると、それはとても恥ずかしい気持ちだった。わたしは自分の評価を、自分の力ではなく、田中との比較で決めていたのだ。
その年の秋、会社で大きなシステム障害が起きた。重要なサーバーが止まり、チーム全体が対応に追われた。田中も、わたしも、夜中まで作業を続けた。その夜、田中がわたしに言った。「おまえの書いたログ分析のコード、すごく助かった。あれがなかったら、原因を見つけるのに倍の時間がかかっていたよ」。
わたしは驚いた。田中がわたしのコードをそんなふうに見ていたとは、思ってもみなかった。わたしはずっと田中と自分を比べて、自分が劣っていると感じていた。しかし田中は、わたしの仕事をちゃんと見ていたのだ。
その夜から、わたしは少しずつ考え方を変えるようにした。他の人と比べるのをやめて、昨日の自分と今日の自分を比べることにした。「昨日よりも少しでも良いコードを書けたか」「今週は先週より効率よく問題を解けたか」。そう問いかけるようにしたのだ。
今のわたしは、チームの後輩に同じことを伝えている。「他の人のすごさを見て落ちこむのは自然なことだ。でも、比べる相手を間違えてはいけない。本当に比べるべきは、昨日の自分自身だ」と。
田中との出来事から十五年がたった。今でも彼はわたしより仕事が速い。しかし、わたしはもうそのことで苦しまない。それぞれが、それぞれの強みを持ってチームに貢献できればいい。そう思えるようになったのは、あの秋の夜があったからだと思っている。