二〇二〇年、感染症が広がり始めたころ、私はある選択を迫られた。政府が導入した接触確認アプリの利用に同意するかどうかという問題だ。当時の私は、自分の行動履歴が記録されることに強い抵抗を感じていた。起業家として、顧客データの扱いには人一倍敏感だったからだ。「自分の位置情報を誰かに渡すなんて、ありえない」と思っていた。結局、私はアプリの導入を断り、感染対策は自分で管理できると信じていた。しかし、その後しばらくして、取引先の担当者が感染したという連絡が入った。自分が感染しているかもしれないという不安の中で、私は初めて「記録されていれば、もっと早く対応できたのに」と後悔した。安全のための情報共有を拒んだことで、逆に大きなリスクを抱えることになったわけだ。個人の権利を守ることは大切だが、それだけでは対応できない状況もある。あのとき、私は効率よりも感情で判断していたのかもしれない。
あれから四年が過ぎた今、私は当時とはまったく異なる見方をするようになった。会社では社員の健康管理システムを導入し、一定の個人情報を収集している。もちろん、社員には目的と範囲を明確に説明したうえで同意を得ている。以前の私なら「監視だ」と感じたかもしれないが、今は「透明性のある情報管理は、組織全体の安全につながる」と考えている。大切なのは、情報をどこまで、どのような目的で使うかを明確にすることだと気づいたからだ。無制限に集めることは権利の侵害になるが、必要な範囲で適切に管理することは、むしろ社員を守ることになる。あの感染症対応の経験は、私にとって高い授業料だったが、それ以上の気づきを与えてくれた。安全と権利は対立するものではなく、ルールと信頼によって両立できるものだと、今は確信している。ビジネスにおいても、信頼こそが最大の投資対効果をもたらすと実感している。