今から三年前、私は初めて深海調査船に乗り込んだ。エンジニアとしてのキャリアを積んできた私にとって、あの経験は単なる仕事の一つではなかった。
当時、私が所属するチームは、日本近海の海底に広がる熱水鉱床の調査を担当していた。鉱床とは、金や銅などの金属が海底の熱水によって集まってできた資源のことだ。船の中で計器を見ながら、私はただ「コストに見合うだけの資源量があるかどうか」しか考えていなかった。効率よく調査を終え、データをまとめて報告書を出す。それが自分の役割だと思っていた。
ところが、調査の最終日に、水中カメラの映像が私の考えを大きく変えた。暗い深海の底に、見たこともない生物が群れをなしていた。鉱床のすぐそばに、白い管のような生き物や小さな甲殻類が無数に生息していたのだ。チームのある研究者が「この生態系は、資源を掘り出せばおそらく元には戻らない」と静かに言った。その言葉が、ずっと頭に残っている。
帰港後、私はあの映像を何度も見返した。効率やコストの話は一時的に頭から消え、「自分たちは何をしようとしているのか」という問いが浮かんだ。海底資源の開発は、日本にとって経済的に大きな意味を持つ。エネルギー資源を海外に頼る割合が高い現状を考えれば、国内で資源を確保できることの価値は非常に大きい。しかし、一度壊した深海の環境を取り戻すことは、技術的にも時間的にも極めて難しいわけだ。
それ以来、私の仕事への向き合い方は変わった。今は、開発計画を検討する際に「リスク管理」の視点をより重視するようにしている。具体的には、掘削の範囲を最小限に抑える方法や、生態系への影響を事前に評価する手順を、コスト計算と並行して検討するようになった。
今後、深海資源の開発技術はさらに進歩するに違いない。そうなれば、開発コストが下がり、多くの企業が参入してくる可能性が高い。その流れ自体を止めることは難しいだろう。だからこそ、開発の「速さ」よりも「慎重さ」を優先するルール作りが、今のうちから必要だと私は思う。
国際的な取り決めも重要だが、現場のエンジニアが一人ひとり「何を守るべきか」を意識することも、同じくらい大切なはずだ。あの深海の映像を思い出すたびに、私はそう確信する。技術は手段であって、目的ではない。持続可能な形で海を使い続けるために、私たちエンジニアにできることはまだたくさんあると感じている。