美学を専門とする田中教授は、研究室の窓から街並みを眺めながら、訪問してきた法学者の同僚に静かに語りかけた。「確かに、無断で他者の壁面に絵を描く行為は所有権の侵害という法的瑕疵を免れないものの、それだけで芸術的営為としての価値を一刀両断に否定するのは早計というものでしょう。歴史を紐解けば、公共空間における表現行為は常に既存秩序への異議申し立てと表裏一体でありました。ストリートアートが喚起する美的体験は、ギャラリーの白壁に収められた作品とは質的に異なる、都市空間との不可分な対話を内包しています。無論、その表現が特定の政治的主張や社会批評と結びつく場合、なおさら一義的な法的裁断を下すことは難しくなる。所有権の絶対性を楯に創造的衝動を封殺することは、公共空間の美学的可能性そのものを窒息させかねない。問われるべきは違法か合法かという二項対立ではなく、いかなる表現が共同体の文化的厚みに寄与し得るか、という問いではないでしょうか。」田中教授の言葉には、法的枠組みへの一定の敬意と、それに回収されない芸術の余剰に対する静かな執着とが、微妙な緊張をはらみながら同居していた。
法哲学を専門とする岡本教授は、田中の言葉を最後まで聞き終えてから、眼鏡のつるをゆっくりと押し上げ、慎重に口を開いた。「田中先生のご指摘は美学的観点からは傾聴に値するとは言え、法秩序の基盤という観点を看過するわけにはいきません。所有権は単なる財産的利益の保護にとどまらず、個人の自律と尊厳を支える制度的基盤として機能しています。芸術的価値が高いとされる行為であっても、他者の財産への無断介入を正当化する普遍的根拠になり得るかは、極めて疑わしい。もし表現の自由が所有権の制約を無条件に凌駕し得るとするならば、それはいかなる秩序原理に依拠するのか。その論理を徹底すれば、社会契約の根幹を揺るがしかねない。無論、法もまた静態的なものではなく、文化的文脈に応じて解釈の余地を持つことは認めます。しかしながら、個別事例の芸術的評価を法的免責の根拠とすることは、恣意的判断の温床となる危険を孕んでいる。制度的正当性を欠いた表現の自由は、自由そのものの持続可能性を損なうという逆説を、私たちは直視せざるを得ないのではないでしょうか。」岡本教授の語り口は穏やかながらも、一点の揺らぎも許さぬ論理的緊密さに貫かれていた。