スマートフォンを手に取るたびに、小さな画面の中に吸い込まれていく自分がいた。それは、まるで深い川に少しずつ足を踏み入れるような感覚だった。
思い返せば、五年ほど前から私はSNSというものを使い始めた。最初は友人の近況を知るための、ささやかな楽しみだった。しかし気がつけば、朝目が覚めると同時に通知を確認し、食事中も、眠る直前も、画面から目を離せなくなっていた。誰かが自分の投稿に「いいね」をつけてくれると、胸の奥がほんのり温かくなる。反対に、何の反応もない時には、砂漠のように乾いた気持ちになった。
ある日、私は歴史の本を読んでいて、一枚の古い写真に目が止まった。二十世紀の初め、電話が一般家庭に広まり始めた頃の写真だった。人々は初めて「遠くにいる人とすぐに話せる」という新しい道具に、喜びと同時に戸惑いを感じていたらしい。その時代の人々も、新しいつながりの形に慣れるまで、長い時間が必要だったのだと思う。
SNSもまた、現代における「つながりの革命」と言えるかもしれない。しかし、つながりが増えれば増えるほど、人は本当に大切なものを見失うこともある。多くの情報が次々と流れてくる中で、私の心はいつも何かに急かされているような気がしていた。
そんなある夏の終わり、私は一週間だけSNSをやめてみることにした。最初の二日間は、何度も無意識にスマートフォンを手に取ろうとした。通知が来ないと、世界から取り残されたような不安を感じた。しかし三日目になると、不思議と心が静かになっていった。窓から見える木の葉の緑が、いつもより鮮やかに見えた。久しぶりに紙の本を読み、コーヒーの香りをゆっくりと楽しんだ。
一週間が終わった時、私はある大切なことに気がついた。SNSがなくても、本当の友人との関係は変わらなかった。むしろ、直接会って話す時間が増え、会話がずっと豊かになった気がした。
歴史を振り返ると、新しい道具が生まれるたびに、人々はその道具に使われる時期を経て、やがて道具を正しく使う方法を学んできた。電話も、テレビも、インターネットも、そうだったように思う。大切なのは、道具に振り回されるのではなく、自分の意志で道具と向き合うことではないだろうか。
SNSという鏡の中に映る自分の姿ばかりを気にしていた日々から、私は少しずつ離れようとしている。画面の外にある、温かくて静かな日常の美しさを、もう一度見つめ直したいと思う。