「先生、少し聞いてもいいですか」
田中は研究室のドアを静かにノックしてから、中に入った。山本教授は窓の外を眺めたまま、すぐには振り返らなかった。
「どうぞ」
短い一言だったが、田中は構わず席に着いた。山本は三十代半ばで、スタートアップの歴史を研究している若手の学者だ。最近、ある論文をめぐって大学内で議論が起きており、田中はその当事者の一人だった。
「シリコンバレーが今のような姿になったのは、一九七〇年代から八〇年代にかけての話ですよね」と田中は切り出した。
山本はようやく振り返り、椅子に深く座り直した。「そうだね。あの時代に、大学と企業と投資家が同じ場所に集まった。それが大きかった」
「でも、日本でも同じことをやろうとして、うまくいかなかったわけですよね」
山本は少し間を置いた。「うまくいかなかった、というより、仕組みが違ったんだ。アメリカでは失敗しても再挑戦しやすい文化があった。資金を出す側も、失敗を前提にして投資していた。日本はそうじゃなかった」
田中は手元のノートに何かを書き込んだ。山本はその様子を見ながら続けた。
「九〇年代にインターネットが広まった時、日本でも新しい会社がたくさん生まれた。あの頃は可能性を感じた人も多かったはずだよ。でも、結果として大企業との連携がうまく進まなかった。若い起業家たちは資金を集めるのに苦労して、多くが途中で諦めた」
「それは今も変わっていないんでしょうか」
山本は少し笑ったが、その笑顔には複雑な感情が混じっているように見えた。「変わってきてはいる。政府も支援策を増やしているし、大企業が外部の会社と協力して新しいものを作ろうという動きも出てきた。でも、根っこにある意識がなかなか変わらない」
「意識、というのは」
「失敗を恐れる気持ちだよ」山本は静かに言った。「歴史を見ると、革新が起きた時代には必ず、失敗を許容する空気があった。それは制度よりも文化の問題だ。法律や資金の仕組みを整えるのは比較的早くできる。でも、文化を変えるには世代を超えた時間がかかる」
田中はペンを止めた。「先生は、日本にそれができると思いますか」
山本はしばらく黙っていた。窓の外では、キャンパスの木々が風に揺れていた。
「できると思いたいね」
その答えは、確信というより、願いのように聞こえた。田中は何も言わずにノートを閉じた。二人の間に、静かな時間が流れた。