子どものころ、私の家は決して裕福ではなかった。父は工場で働き、母はパートで家計を支えていた。それでも、二人は私に「勉強さえすれば、どんな未来でも開ける」と繰り返し言い聞かせた。その言葉を信じて、私は必死に勉強した。
高校生になったとき、同じクラスに裕福な家庭の友人がいた。彼は塾に週に何度も通い、家庭教師もついていた。私には到底まねできないことだった。それでも当時の私は、努力が足りないのは自分のせいだと思っていた。格差というものを、まだ「個人の問題」としか見ていなかったのだ。
大人になってから、江戸時代の身分制度について調べる機会があった。当時は生まれた家によって、職業も収入もほぼ決まっていた。武士の子は武士になり、農民の子は農民として生きた。それは明らかに不公平な仕組みだったが、人々はそれを「当然のこと」として受け入れていた。
明治時代になると、「四民平等」が宣言され、身分による差別は制度の上では廃止された。誰でも努力次第で出世できる時代が来た、と言われた。しかし実際には、もともと財産のある家の子どもたちが良い学校に進み、良い仕事に就く流れは変わらなかった。制度が変わっても、現実の格差はそう簡単には消えなかったわけだ。
その歴史を知ったとき、私はかつての自分を思い出して、少し悲しくなった。努力が報われないとは言いたくない。しかし、出発点が違えば、同じ努力をしても到達できる場所が異なることがある。それは個人の責任というより、社会の仕組みの問題ではないだろうか。
現代の日本でも、親の収入が高い家庭の子どもほど、大学進学率が高いというデータがある。お金のある家庭は教育にお金をかけられるうえに、子どもに将来の選択肢を多く与えられる。一方、経済的に苦しい家庭では、子どもが早くから働かなければならない場合もある。こうして、豊かさと貧しさが世代をこえて受け継がれていく。
江戸時代の身分制度は、法律という形で不平等を固定していた。しかし現代の不平等は、目に見えないかたちで人々の人生を縛っている。制度の上では誰にでも平等に機会があるとされているが、実際にその機会をつかめるかどうかは、生まれた環境に大きく左右されるのだ。
父と母が言った「勉強すれば未来が開ける」という言葉は、間違いではなかったと今でも思う。ただ、その言葉が完全に正しいためには、誰もが同じ条件で勉強できる社会でなければならない。歴史を振り返るたびに、私はそのことを強く感じるのだ。