「ねえ、健太。最近、あまり返事してくれないよね。」
田中さんは静かにそう言った。テーブルの向こうで、健太はスマホの画面を見たまま、「うん、ちょっと待って」とだけ答えた。
田中さんは少し悲しそうな顔をして、コーヒーカップを両手で持った。二人は高校のときからの友人で、もう十年以上の付き合いだった。昔は毎週のように会って、夜遅くまで話していたものだ。ところが、最近は会っても健太がスマホばかり見ていて、田中さんはいつも一人でしゃべっているような気持ちになっていた。
「ごめんごめん、SNSの通知が来てて。」
健太はようやくスマホを置いた。しかし、また数秒後に手が画面のほうへ動いた。田中さんはそれを見て、何も言わなかった。ただ、窓の外を見ながら静かにため息をついた。
「健太、昔はよく一緒に夜中まで話したよね。あのころが懐かしいな。」
「そうだっけ?まあ、今は忙しいからね。」
健太の声は軽かった。田中さんは「そうだね」と小さく答えたが、心の中では違うことを思っていた。忙しいのは健太だけではない。田中さんも仕事が大変な毎日だ。それでも、友人と会う時間を大切にしようと思って、今日もわざわざ遠くから来たのだった。
しばらくして、健太がまたスマホを見ながら言った。「あ、見て。この動画、すごく面白いんだよ。」
田中さんは画面をちらっと見た。そして、「うん、面白いね」と答えた。でも、本当は少しも面白いと思わなかった。ただ、それ以上何か言う気持ちにはなれなかった。
帰り道、田中さんは一人でバスに乗りながら考えた。健太が悪い人だとは思わない。ただ、前と何かが変わってしまったような気がする。スマホが普及する前、二人はもっと顔を見て話していた。お互いの表情を見て、笑ったり、真剣に悩んだりしていた。それが本当の友達というものだったのかもしれない、と田中さんは思った。
次の日、田中さんは健太にメッセージを送った。「今度会うとき、スマホなしで話せる?昔みたいに。」
しばらく時間が経った。既読のマークはついた。しかし、返事は来なかった。田中さんはスマホをテーブルに置いて、窓の外の空を見上げた。空は青くて、とても静かだった。