「ここに来て、もう三年になるんですね」と、田中さんはゆっくりとお茶を口に運びながら言った。窓の外には、夕暮れの田んぼが広がっている。収穫を終えた稲の切り株が、静かに並んでいた。
私は黙って頷いた。三年前、東京での仕事を辞めてこの村に来たとき、周りの人たちは口をそろえて「すぐ戻るよ」と言っていた。確かに最初の冬は、都会との違いに何度も心が折れそうになった。
「最近、また若い人が引っ越してきたそうですね」と私が言うと、田中さんは少し表情を曇らせた。「そうですね。でも、長く続くかどうか……」と、言葉を濁した。その間には、これまで何人もの移住者が夢を持ってやってきては、静かに去っていった記憶が詰まっているように見えた。
田中さんは村の農業委員会に長く関わってきた人だ。村に残った空き家を移住希望者に紹介したり、農地の引き継ぎを手伝ったりしてきた。しかし彼の口調はいつも、どこか慎重だった。
「問題は、仕事だけじゃないんです」と田中さんは続けた。「生活のリズムが全然違う。人付き合いの仕方も、都会とは別物です。それを乗り越えられる人は、本当に少ない」
私は自分のことを思い返した。農作業を覚えるより先に、近所との関係をどう築くかに悩んだ。朝の挨拶、祭りの手伝い、集まりへの参加。そうした積み重ねが、少しずつ自分をここの一部にしていったのかもしれない。
「でも、これからはどうなるんでしょうね」と私は言った。少し遠回りな聞き方だったが、田中さんには伝わったようだった。
「変わるとは思います。ただ、変わり方が大事です」と彼は答えた。「村が移住者を待つだけでは、うまくいかない。受け入れる側も、変わらないといけない。でも、どこまで変われるか、正直なところわからない」
その言葉には、希望と不安が同じ重さで混じっていた。田中さんは窓の外を見つめたまま、しばらく黙っていた。その視線の先には、かつて活気があったという集落の跡地が広がっている。今は草が茂るだけだが、いつかまた人の声が戻るかもしれない場所でもあった。
「私は、悲観してはいないんです」と田中さんはやがて口を開いた。「ただ、焦っても仕方ない。種を蒔いた後は、待つしかないでしょう」
その言葉を聞いて、私は少し胸が軽くなった気がした。答えはまだ出ていない。でも、この会話そのものが、何かの始まりかもしれないと思った。