N2· 中文 · 約 550字
本文
日本では「自分は無宗教だ」と答える人が多い。しかし、お盆に墓参りをしたり、初詣に神社を訪れたりする習慣は今も広く残っている。この一見矛盾するように見える現象は、日本人の精神的な土台を理解する上で重要な手がかりを与えてくれる。
宗教学の観点から見ると、「無宗教」とは特定の教義や組織への帰属を持たないという意味にすぎない。自然への畏敬や先祖を大切にする感覚は、教義とは別の次元で人々の日常に根付いている。つまり、制度としての宗教とは切り離された形で、精神的な感覚だけが受け継がれているわけだ。
一方、現代社会では科学的な思考が広まるにつれて、「死とは何か」「生きることに意味はあるか」といった問いに対して、宗教ではなく科学に答えを求める人も増えている。しかし科学は、物事の仕組みを説明することはできても、「なぜ生きるのか」という問いに直接答えを出すことは難しい。
ここに、宗教的な感覚と科学的な思考が互いに補い合う可能性がある。科学が「どのように」を明らかにする一方で、宗教や精神的な感覚は「なぜ」という問いに向き合う力を人に与えてくれる。対立するものとして捉えるのではなく、それぞれが異なる役割を果たしていると考えることが、生の意味を深く問い直すための出発点となるだろう。
問題 2
Q1.
この文章によると、日本人が「無宗教」を自称しながらも墓参りや初詣を続けているのはなぜか。
①科学的な思考が広まったことで、宗教的な行事が見直されているから
②宗教組織への帰属意識が年々強まっているから
③特定の宗教の教義に従って行動しているから
④制度的な宗教とは別に、精神的な感覚が日常に根付いているから
Q2.
この文章における、科学と宗教的な感覚の関係についての筆者の考えとして、最も適切なものはどれか。
①科学と宗教は根本的に対立するため、どちらかを選ばなければならない
②科学と宗教的な感覚はそれぞれ異なる役割を持ち、互いに補い合える
③科学は「なぜ生きるのか」という問いにも答えられるため、宗教は不要だ
④宗教的な感覚は科学の発展とともに自然に消えていくものだ
AI 보조로 작성하고 JLPT 레벨·문제 형식을 검수해 공개한 학습용 독해 지문입니다. · 2026년 5월 27일 공개 · 제작 방식 →