田中さんと山本さんは、同じ会社に勤めている同僚です。二人は昼休みに社員食堂で話しています。
「ねえ、山本さん。昔の職場って、今とはずいぶん違ったらしいね。」
田中さんがそう言うと、山本さんはお茶を置いて少し遠い目をしました。
「そうね。私が新入社員だったころ、上司から変なことを言われても、だれも何も言えなかったのよ。『それくらい我慢しなさい』って言われるだけでね。」
「それって、つらかったですね。何か言いたかったんじゃないですか。」
田中さんが静かに聞くと、山本さんはゆっくりとうなずきました。
「言いたかったよ。でも、当時は会社の中に相談できる場所もなかったし、もし何か言ったら、仕事を続けられなくなるかもしれないと思っていたから。だから、ずっと一人で抱えていたの。」
田中さんはしばらく黙っていました。それから、静かに言いました。
「でも今は、そういう問題を会社の中で匿名で報告できる仕組みがあるじゃないですか。あの制度ができてから、うちの会社も変わったと思いますよ。」
「そうね。今の若い人たちはいいわね。でも、制度があっても、使いにくいと感じている人もいるんじゃないかしら。」
山本さんはそう言って、少し心配そうな顔をしました。
「それはそうかもしれません。でも、昔と比べたら、ずっと声を上げやすくなっていると思います。報告した人が不利な扱いを受けないように会社が守るようになっているし、研修も毎年やっていますよね。」
山本さんはうなずきながら言いました。
「そうね。でも、一番大事なのは、制度や研修じゃなくて、一人一人の意識が変わることだと思うの。上の人が『これは問題だ』とはっきり言える雰囲気があってこそ、みんなが安心して働けるんじゃないかな。」
「山本さんの言う通りですね。昔、我慢していた人たちのことを忘れずに、今の私たちが職場をよくしていかなければならないと思います。」
二人はしばらく沈黙しました。食堂の窓から、春の日差しが差し込んでいました。山本さんは静かに笑って、こう言いました。
「そういうことを、あなたみたいな若い人が考えてくれているなら、きっと大丈夫ね。」