国際宇宙法研究の第一人者として半世紀を歩んできた黛教授は、かつて月を「人類共有の遺産」と謳った一九七九年の協定が今や形骸化しつつある現実を、深い憂慮とともに見つめていた。当時の理想主義的な立案者たちは、宇宙空間における資源の独占が地上の覇権争いを宇宙にまで拡張しかねないと危惧し、主要国の批准を切望したものの、その願いは空しく、米国をはじめとする宇宙開発先進国は軒並み署名を拒絶した。教授の書斎には、色褪せた条約草稿や国際会議の議事録が山積みになっており、それらは彼女が費やした歳月の重みそのものであった。「規範なき競争は必ず破綻を招く」——そう確信する彼女にとって、近年の民間企業による小惑星採掘計画の台頭は、かつて危惧した悪夢が現実の輪郭を帯び始めた証左にほかならなかった。国際的な拘束力を持つ枠組みの構築こそが急務であるという彼女の主張は、長年の研究に裏打ちされた不動の信念であり、妥協の余地など微塵もないように見えた。
宇宙ベンチャーに飛び込んで三年目の瀬川は、先週ようやく小惑星探査機の軌道計算を担当する職責を任された。彼にとって宇宙とは、法律書の条文に縛られた観念的な領域ではなく、テクノロジーと起業家精神が切り拓く実践の場であった。国際的な条約体制の空白を突くかのように各国が独自の宇宙資源法を整備しつつある現状を、彼は「ルールの不在ではなく、ルールの進化だ」と言い切り、旧来の多国間交渉の遅滞を苦々しく思っていた。ある日、偶然にも学会のパネル討論で黛教授と同席した瀬川は、当初こそ「理念だけでロケットは飛ばない」と内心で嘲笑していたものの、教授が淡々と語る歴史的経緯——核軍縮交渉の失敗が招いた代償——を耳にするうちに、自分の描くビジョンが長期的な視野を欠いているのではないかという疑念を拭い去れなくなっていった。討論が終わった後、瀬川は教授に歩み寄り、「民間と国際法は対立するものですか」と問いかけた。教授は即答せず、ただ静かに微笑んだ。