「先生、最近どこかへ取材に行かれたんですか。」
山田がそう聞いたのは、私が珍しく疲れた顔をしていたからだろう。彼は私の古い知人で、商社に長く勤めてきた人物だ。
「取材というより、ただ歩き回っていたんだよ。」
私はそう答えながら、先週訪れた工場地帯のことを思い出していた。かつては活気があったはずの建物が、今は静まり返っていた。
「あの地域の部品メーカーが、次々と工場を閉めているそうですね。」
山田は静かに言った。その口調には、驚きよりも、むしろ諦めのようなものが混じっていた。
「君は、それをどう見ているんだ。」
「正直に言えば、仕方のないことだと思っています。安く作れる場所があるなら、そちらに移るのは当然の流れですから。」
山田の言葉は合理的だった。しかし私には、何かが引っかかった。
「でも、ある日突然、海の向こうから物が届かなくなったら、どうなる。」
「そのときはそのとき、ということでしょうか。」
彼はやや苦笑いを浮かべた。その表情は、問いを軽く流しているようにも見えたが、私には別の何かを隠しているように感じられた。
「君の会社も、数年前に困っただろう。あのとき、倉庫に在庫がなくて、取引先に頭を下げ続けたと言っていたじゃないか。」
山田の顔が少し固まった。
「それは……確かに大変でした。あのときは本当に、どうにもならなかった。」
「だったら、同じことがまた起きないとは言えないわけだ。」
しばらく沈黙が続いた。
「先生は、国内で作ることを増やすべきだとお考えですか。」
「私にはわからない。ただ、便利さの裏に何があるかを、もっとよく見る必要があると思っているだけだよ。」
私がそう言うと、山田は少し考えてから、こう続けた。
「うちの若い社員たちは、あの苦しかった時期を知りません。だから、今の状態を当たり前だと思っている。そこが、一番怖いかもしれませんね。」
その言葉には、先ほどまでとは違う重さがあった。私は何も言わず、ただうなずいた。
外はもう夕暮れで、窓から見える街の灯りが、少しずつ増えていくところだった。その光の一つ一つが、どこかで誰かの手によって作られたものに支えられているのだと、私はぼんやりと考えていた。