田中誠は、あるIT企業でシステム開発を担当する32歳のエンジニアだ。彼のデスクには三枚のモニターが並び、スマートフォンは常に手の届く場所に置かれていた。通知が来るたびに画面を確認し、会議中でも無意識のうちに端末を触ってしまう。そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていた。
転機が訪れたのは、昨年の秋のことだ。チームで進めていたプロジェクトが、締め切り直前に大きな問題を抱えた。原因を調べると、メンバー同士の連絡ミスが積み重なっていたことがわかった。チャットツールで大量のメッセージが飛び交っていたにもかかわらず、肝心な情報が伝わっていなかったのだ。田中は、情報が多すぎることでかえって大切なやり取りが埋もれてしまったと感じた。
「画面を見ている時間は長いのに、本当に必要なことに集中できていなかった」と田中は振り返る。彼はその反省をもとに、チーム内でのコミュニケーションの見直しを提案した。まず、業務外の時間帯はチャットの通知をオフにするルールを設けた。さらに、週に一度、画面を使わない対面の打ち合わせを導入した。
最初は戸惑うメンバーもいた。「オンラインの方が便利ではないか」という声も上がった。しかし、対面で話し合うことで、互いの考えがより正確に伝わるようになった。誤解が減り、作業の効率も上がった。田中は、デジタルのツールは手段であって目的ではないと、改めてチームに伝えた。
その後、田中自身も個人の習慣を見直した。就寝前の一時間はスマートフォンを使わないようにし、休日には近くの公園を散歩する時間を意識的に作った。画面から離れることで、頭の中が整理され、新しいアイデアが浮かびやすくなったと感じている。
「つながり続けることが生産性を高めるとは限らない。むしろ、意図的に離れる時間を持つことで、チームとしての力が上がると思う」と田中は語る。彼の取り組みは、同じ職場の別のチームにも広がりつつある。すべての問題が解決したわけではないが、田中はその変化を確かな手応えとして感じていた。画面の外にある時間の価値を、彼はようやく見つけ始めたのかもしれない。