量子計算技術の研究開発及び利用に関する倫理指針(案内)
本指針は、量子計算技術が社会にもたらす恩恵と潜在的危害との均衡を保ちつつ、研究者・開発者・利用機関が遵守すべき行動規範を体系的に示すことを目的とする。近年、量子力学的重ね合わせや量子もつれを利用した演算装置が従来型電子計算機の能力を凌駕する段階、いわゆる計算上の優位性が特定領域において実証されつつある。これに伴い、創薬分子のシミュレーション、機能材料の設計最適化、金融ポートフォリオの組み合わせ最適化といった応用領域では革新的な知見が期待される反面、現行の公開鍵暗号体系が解読可能となる安全保障上の脅威が現実味を帯びてきた。
本指針の適用範囲は、国内の大学・研究機関・民間企業が実施するすべての量子計算関連研究及び実証実験に及ぶ。ただし、純粋に理論的な数学的探求であって実装を伴わないものについては、第三条の情報管理義務の適用を猶予する。
量子計算技術利用審査委員会からの通知
各研究機関の長 殿
標記の件につき、下記のとおり通知する。
本委員会は、量子計算技術の研究利用が急速に進展するにもかかわらず、技術へのアクセス機会が先進国の特定機関に偏在しているという構造的格差の問題を重大な倫理的懸念として位置付けている。このような格差が固定化されるならば、科学的恩恵の分配における公正性の原則が著しく損なわれざるを得ない。
従って、本指針に基づく研究申請に際しては、以下の要件を充足することを求める。第一に、研究成果の公開方針について、機密性を要しない知見は原則として査読付き学術誌へ投稿し、一般への開示を促進すること。第二に、開発途上国の研究者との共同研究や技術移転に関する計画を申請書に明記すること。第三に、暗号解読に転用しうるアルゴリズムの開発については、所定の安全保障審査を経た上でなければ公表を行ってはならない。
違反が認定された場合、委員会は当該研究者に対して研究費の返還命令、研究活動の一時停止、ないし関係機関への報告を行う権限を有する。とはいえ、初回の軽微な違反については、委員会の裁量により是正勧告にとどめることができる。
量子計算技術倫理審査申請書
申請者は、本申請書に記載の研究が「量子計算技術の研究開発及び利用に関する倫理指針」の定める要件をすべて満たすことを確約した上で、審査を申請するものとする。
【申請に際しての遵守事項】
一、研究の目的が専ら人類の福祉に資するものであり、特定国家や民間企業の軍事的・経済的覇権確立を主眼としないことを明示すること。
二、量子演算装置へのアクセスが特定の組織に独占されることなく、学術コミュニティ全体に対して合理的条件の下で開放される旨の計画を提示すること。
三、研究過程で生成されるデータのうち、暗号基盤の脆弱性に係るものについては、指定された安全管理区域において厳格に保管し、第三者への無断提供を禁ずること。
【例外規定】
上記第二項の開放義務については、研究の初期段階において知的財産権の確保が不可欠であると委員会が認定した場合に限り、最長二年間の猶予期間を付与することができる。ただし、当該猶予期間の適用を求める申請者は、その合理的根拠を書面にて詳述しなければならない。申請内容に虚偽が認められた場合、当該研究者は指針第十二条の定める厳正な制裁措置の対象となる。