今から二十年ほど前、私は病院の内科で働いていた。ある日、五十代の男性患者が運ばれてきた。意識はなく、容体は非常に悪かった。救急の担当者から話を聞くと、その男性には長年一緒に暮らしているパートナーがいるということだった。
パートナーの男性がすぐに病院へかけつけてきた。青ざめた顔で、震える手で私の白衣をつかみながら、「彼の状態を教えてください」と言った。私は当時のルールに従い、「ご家族の方でないと、詳しいことはお伝えできません」と答えるしかなかった。その男性の目に涙があふれた。二人は三十年近く一緒に生活していたが、法律上は他人だった。
その出来事は、ずっと私の心に残っている。医師として、目の前の人を助けたいという気持ちは誰に対しても同じだ。しかし当時の制度では、同性のカップルには、結婚した夫婦と同じ権利が認められていなかった。入院の手続きや、治療の方針を決める話し合いにも、パートナーは参加できなかった。財産や遺産についても、法律的な保護はなかった。
あれから二十年が経った。日本のいくつかの市や区では、同性のカップルを公的に認める制度が始まっている。この制度を使うと、市役所などで二人の関係が証明される書類をもらえる。病院によっては、その書類を見せることで、パートナーが家族と同じように扱われる場合もある。少しずつではあるが、状況は変わってきた。
私は今も現場で働いている。最近、同性のパートナーを持つ患者が「制度のおかげで、パートナーが手術の同意書にサインできた」と話してくれた。その言葉を聞いて、二十年前のあの夜を思い出した。あのとき涙を流した男性は、今どこでどうしているだろうか。
医療の現場では、患者の命と生活を守ることが一番大切だ。しかし、制度が整っていなければ、どんなに気持ちがあっても限界がある。私が経験したことは、一つの例にすぎないかもしれない。しかし、同じような経験をした人は、日本中にたくさんいるはずだ。
制度は人の手で作られる。だから、人の手で変えることもできる。私は医師として、これからも患者とその大切な人たちのことを考えながら働いていきたいと思っている。そして、すべての人が安心して医療を受けられる社会になることを、心から願っている。