かつて勤務先の病院に外国人患者が訪れることは、ほとんど皆無に等しかった。通訳を介さねばならない場面などまず想定されておらず、院内の掲示物も日本語一色であった。あの頃、私たち医療従事者にとって「異文化」とは、学術論文や国際学会の場でのみ垣間見るものに過ぎなかったと言っても過言ではない。
ところが、ここ十年ほどの間に状況は一変した。外国人旅行者の急増に伴い、急病や怪我を訴えて来院する患者の国籍も多岐にわたるようになった。言語の壁に直面するたびに、私はこれまで自明のものとして疑わなかった「伝わること」の難しさを、改めて痛感させられた。身体の状態を正確に伝え、また受け取るという行為が、いかに精緻な相互作用の上に成り立っているかを、診察室という小さな空間で学び直す羽目になったのである。
医師として患者の訴えに耳を傾けることは本義であるが、言葉が通じない状況では、表情や所作、さらには沈黙の意味すら読み解かなければならない。その過程で、私自身が一方的に「受け入れる側」であるという思い込みを捨て去らざるを得なかった。診察とは、双方が能動的に関わり合うことで初めて成立するものだと、今さらながら気づかされたのである。
インバウンド需要が本格化する以前、私が地域の医療機関で診てきた患者は、ほぼ均質な文化的背景を持つ人々であった。問診票の書き方ひとつとっても、こちらが想定する「常識」が患者にも共有されているという前提で、すべての診療プロセスが組み立てられていたのである。その前提が崩れたのは、旅行者の増加が顕著になり始めた頃のことだ。
ある日、痛みの部位を指し示すことすらままならない外国人患者と向き合ったとき、私は医師として無力感にも似た焦燥を覚えた。しかしその焦燥は、やがて別の感覚へと転化していった。患者の側もまた、異国の医療環境に不安を抱えながら、懸命に自らの状態を伝えようとしていた。その姿に触れることで、私は「診る者」と「診られる者」という固定した役割関係が、実は極めて流動的なものであることに気づいたのである。
一方的に施すのではなく、互いに歩み寄ることで初めて治療的な関係が生まれる。それは医療に限らず、あらゆる人間の交わりに通底する真理ではないかと、私は思わずにはいられない。外国人患者との診察という、些細とも言える日常の一場面が、そのような普遍的な洞察へと私を導いてくれたことを、今となっては感謝してさえいる。