「北欧諸国では、行政手続きの電子化が一九九〇年代から段階的に整備されてきたわけですが、その過程で彼らが最も腐心したのは、技術の普及そのものではなく、社会的包摂という概念の制度化でした」と、田村教授はゆっくりと言葉を選びながら語った。向かいに座る若手研究員の川口は、うなずきながらも、どこか釈然としない表情を隠しきれずにいた。
田村は続けた。「翻って我が国を見れば、マイナンバーカードの普及率が数値として上昇しているにもかかわらず、その恩恵が実質的に届いているのは、ある特定の層に偏っているという統計的事実がある。一部では利便性が飛躍的に向上したとされるものの、全体像を俯瞰すれば、むしろ既存の格差が可視化されたにすぎないとも言えるのです」
川口はペンを置き、「では、デジタル支援員の制度拡充で補えると考えますか」と問い返した。田村は少し間を置いてから、静かに首を横に振った。その沈黙には、制度論を超えた何か深いものが宿っているように川口には感じられた。
「地方と都市の情報環境の非対称性は、単なるインフラの問題ではありません」と、田村教授は学会の廊下で立ち止まり、旧知の海外研究者であるリン博士に向かって言った。リン博士は、エストニアの電子政府モデルを長年研究してきた人物であり、その眼差しには、日本の議論を客観的に観察する余裕が漂っていた。
「エストニアの場合、人口規模と均質性がデジタル移行を容易にした側面は否定できません。しかし、それを安易に他国へ援用しようとする発想こそが、文化的文脈を捨象した技術決定論に陥る危険を孕んでいると、私は長年懸念してきました」と田村は言い、リン博士の反応を窺った。
リン博士は微笑みを浮かべつつも、「おっしゃる通りです。ただ、その文化的差異を強調するあまり、改革の先送りを正当化する論理に転化してはならない、という点もまた、看過できないのではないでしょうか」と静かに切り返した。田村は言葉に詰まり、窓の外へ視線を逃がした。