気候変動への対応として、国際社会は排出削減の目標を掲げてきた。しかし、その目標と実際の政策との間には大きなずれがある。先進国は技術力と資金力を持ちながら、国内産業への配慮を理由に削減の歩みを遅らせることが少なくない。日本もその例外ではなく、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにすると宣言した一方で、石炭を使った発電所の運転を続けているという現実がある。
この矛盾を見逃してはならない。国際的な約束を果たすためには、エネルギー政策の大幅な見直しが不可欠なわけだ。問題の根本は、経済的な損失を恐れるあまり、必要な変革を先送りにしてきた点にある。先進国が率先して削減を実行しなければ、途上国に対して削減を求める説得力を持てないに違いない。
今求められるのは、合意の文書を作ることではなく、各国が自国の政策を実際に変える意志を示すことである。国際的な枠組みは重要だが、それ自体が目的になってしまっては意味がない。排出削減を経済成長と両立させる新しい政策モデルを、先進国が先頭に立って示すべきだと私は考える。
気候変動対策において、先進国と途上国の間の責任の分担をめぐる議論は依然として解決されていない。先進国は過去に大量の温室効果ガスを排出して豊かになってきた。それにもかかわらず、現在になって途上国にも同じ水準の削減を求めるのは公平とは言えないという意見がある。この立場は「気候正義」と呼ばれ、途上国の研究者や政策担当者の間で広く支持されている。
一方、先進国側の研究者の中には、責任の所在を問うよりも、現実的な解決策を優先すべきだと主張する人もいる。技術移転や資金援助を通じて途上国の削減を支援すれば、全体としての排出量を効果的に減らせるというわけだ。過去の責任を問い続けることよりも、未来に向けた協力関係を築くほうが建設的だという考え方である。
私はどちらの立場も一面的だと思う。公平性の議論を無視したまま進む合意は長続きしないし、かといって責任論だけでは具体的な対策が前に進まない。両者の主張を組み合わせ、先進国が資金と技術を提供しながら、途上国が自国の状況に合った削減計画を立てられる仕組みこそが、実効性のある解決策になるはずだ。